「残42」

介護職(男性)が日々感じた事を話す、略して「介男話」です。

今回も委員会で配布したコラムなんですが、

3年前位のコラムなので、当時は「残42」ですが、

もう「残30」位ですし、それもコロナがあって不透明です。

ひまつぶしにどうぞ♡

委員会が始まるまでの暇つぶしコラム

      『残42』

 僕の母は千葉、姉は東京、妹は埼玉、

そして父は北海道でそれぞれ暮らしているので、

日頃会う事が殆どなく、盆、正月と年1回の

家族旅行の3回は必ず会おうと決めている。

両親は決して夫婦仲が悪い訳ではなく、

父は道楽で1人北海道で暮らしているのだが、

今回はそんな父の話。

父は…というかどこもそうだと思いますが、

孫に会うと「しばらく見ない間に大きくなったな-」

と毎回言う。そんな父に僕も思う事がある。

それは、会う度に父が「じじい」になっているのだ。

ちょっと大きめの皿を取る時、

手がプルプル震えているのを見て

「じじいになったなー」と思う。

おもちゃの電池を交換しようとして

全身全霊で蓋を開けようとしていて「じじいになったなー」と思う。

「漏れるー」とか言ってトイレに行っているのに

ドアの向こうからは「チョロロ…チョロロ…」と音がしてきて

「じじいになったなー」と思う。

「デコ(母の意)と2人から始まった家族が今や12人になった…」

と顔をクシャクシャにして泣いているのを見て

「じじいになったなー」と思う。

とにかく、めったに会わない分、

いたる所で父のじじい化を感じるのだ。

といっても昨年「古希」の祝をした年齢な訳で、

江戸時代ならとっくに死んでいる年齢な訳ですから無理もない。

そんな正真正銘、立派にじじいになった父を見て思う。

仮に85歳まで生きるとして残り14年、

年に3回会うから42回…

普通にしていたら後42回しかじじい…

あ、父に会わない事になる。たった42回だ。

これはさすがに「まいる」がたまる。

(解説:「僕のまいる気持ちが増えていく」と

「北海道から来る父のマイルがたまる」をかけた

高度なギャグである。)

父は2年位前に軽い脳梗塞で倒れた事があり、

医者から運動と水分と減酒を言われた為、

姉が父に万歩計を渡し、毎日歩数を家族のグループラインで報告する

ってしてたのだが、1日1万~1万5千歩位しか歩いておらず、

ある日珍しく4万歩以上の日があり「頑張ったね」なんて返信したら

「今日は頑張ってすすきのまで歩きました(^^)」って返ってきて

「酒飲みに行っとるやないかーい」と

家族全員でつっこんだりしています。

“親不行をしないけど親孝行もしない”というモットーで

反抗期も1週間で終わらせた僕にとって父は、

子供の頃に遊んだ記憶が殆どなく、朝早く仕事に行き、

夜遅く帰ってくるという思い出しかない。

でも、僕の仕事に対する向き合い方は父の影響を受けており、

父が何の為にそんな生活を送っていたのかが解るようになると、

僕ら子供達と接する事が出来なかった父が、子育ても終わり、

仕事も一線を退いた今、孫にたくさん食べて欲しくて

手をプルプルさせながら皿を持っていたり、

孫に良い所を見せようと必至におもちゃの電池交換をしていたり、

トイレを我慢してまで孫の話に耳を傾けたり、

そんな時間を過ごせる事を喜び、

顔をクシャクシャにして泣いている姿を見ると、

子供の頃の自分に対する少しの後悔と、

これから先、もっともっとこんな時間を増やしたいし、

ずっとずっと健康でいて欲しいと心から思う。

「健康である」という事は本人の為だけでなく

「健康であってほしい」という本人以外の家族や友人等、

たくさんの人の為でもあると思う。

普段の生活が見えず離れて生活しているとより強くそう思うのだろう。

今日面会に来られたご家族様はあと何回、

その利用者に会えるのだろうか?

僕らが取り組む「健康管理」はそういった事も含めて行われるべきで、

手洗いを行う事でさえ計り知れない物を守る事となるのだろう。

ちなみに母は父が中村雅俊と同い年である事から、

事あるごとに2人を比較して「こんな時、雅俊なら…」とか言うんだけど、

お母さん、使い古したストッキングに玉ねぎ入れてベランダに吊るすの止めて。

そんな事、雅俊ならしないから…

                       おしまい♡