「困ったらダジャレで何とかなる」

 介護職(男性)が日々感じた事を話す、略して「介

男話」です。

今回も委員会で配布したコラムなんですけど、改めて

読み返すと「一体何を書いてんだオレは…」なんて思

いますが、まぁ書いちゃったモンはしょうがないです

。ひまつぶしにどうぞ♡

委員会が始まるまでの暇つぶしコラム

 『 困ったらダジャレで何とかなる 』

 私は兄弟が7人いて、両親と9人で暮らしていた。

小さな部屋に布団を敷いて、川の字どころではなく、

家族全員ごった返して眠っていた。ある日なぜか夜

中に目を覚ますと、隣にいたはずの父親がいなかっ

た。その事を母に伝えようとしたら母は布団の中で

泣いていた。私はなぜか話しかけたらいけない気が

して声をかけなかった。翌朝、次男と次女が丁稚奉

公に出る事が決まり、昨夜末っ子が死んだ事を知ら

された。その年は気候が悪く、畑が不作だったから

山の神様も怒って村の子供が何人か「神隠し」にあ

った。私は学校に行くのをやめ、家の手伝いをする

事になった。末っ子の死因を聞くような残酷な事は

しなかった。「そういう事」と理解するしかないか

ら…

 そう僕に話してくれたFさんは、食事の時必ず両

手を合わせて「頂きます」と言い、食事を残す事は

なかった。

        おしまい・・・?

…アレ?あっさり終わってしまった…こういうピンチ

の時も含め、どんな事でも「これさえあれば何とかな

る」という物があります。例えば食品だと「チキン

ラーメン」食事としてのみでなく、そのままおつま

み・おやつでもこれさえあれば何とかなります。味

付けなら「あらびき塩コショウ」果物以外はこれか

けといたら大体何とかなります。動物園なら「ウサ

ギ」人気・認知度、どちらも高く、室内・外OK、

エサやり・抱っこ可、どんな動物園でも「ウサギ」

がいたら何とかなります。ユニクロで言えば「黒」

やたらとカラーバリエーションを押して来ますが、

黒買っておいたら大体何とかなります。夫婦の会話

だと「解る」嫁さんがママ友や近所の人の愚痴等を

話してきたら、なるべくゆくりと「解るわー」と返

していたら大体何とかなります。他にもお土産に迷

ったら「ポンデリング」、とりあえず初めは「パー

出しとく」、「出し巻きたまご」注文しとく、「一

旦ダイソーで探す」、こういった事で大体何とかな

ります。

では、介護職にとって「これさえあれば何とかなる

」は何だと思いますか?「優しさ」「いたわり」と

か「笑顔」や「知識」とか、それぞれ浮かんだと思

います。どれも正解、不正解という事ではないと思

いますが、僕は介護職の「これさえあれば何とかな

る」は「知ろうとする」だと思います。立てるのか

、トイレに自分で行くのか、会話はどの位行えるの

か等、その利用者の状況を知らなければ必要な介護

も解りませんし、その利用者の家族、過去、体験を

知ったり、知る為の会話等を通して「情」や「結び

つき」が生まれ、それが「優しさ」や「いたわり」

の源となるのだと思います。医者や教師の様に勉強

をして資格を取り、プロとして働くのではなく、介

護職は「働きながらプロになっていく」と僕は思っ

ています。だから4月で異動となったり、新しい利

用者が入ってきたり、自分自身の体力や記憶力が衰

えたとしても、利用者の事を「知ろうとする」事さ

えしていれば、その利用者への介護のプロになって

いき、何とかなると思います。その積み重ねが介護

のプロなんだと思います。例え寝たきりで会話が出

来ない方であっても「知ろうとする」ならば、とて

も多くの事を知る事が出来ます。(口を開けるタイ

ミング、尿量、暑がり、皮膚のもろさ、面会家族か

らの思い出話、インテーク用紙etc…)

皆さんも「これさえあれば何とかなる」を考えてみ

てはいかがでしょうか。僕はFさんの話を知る事で

、Fさんが食事に介助が必要になった時、なるべく

完食してもらいたいと思ったし、仕事として以上の

感情が生まれたし、顔のシミや手のシワ、白髪、一

つ一つの意味をほんの少しだけ知る事が出来た。

つまり介護は僕にとって「シルバーの意味を知る場

」なのだ…

          おしまい

     (Everything will be all right)

「父」

【内容】

 介護職(男性)が日々感じた事を話す、略して「介男

話」です。

今回は接遇向上月間という事で、委員会にて配布した

コラムになります。ひまつぶしにどうぞ♡

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『父』

 僕は子供の頃に父親と遊んだ記憶が無い。それどこ

ろか、朝7:00頃仕事に行き、夜22:00頃帰ってくる父と

は接する機会すらほとんど無かった。そういうもん

だと思っていた。そんな状況だったからか、父は僕

ら子供との接し方というか、距離感というか、そう

いうのが解らず、例えば僕に注意しようとしても母

に向かって「まさしに◯◯しなさいって言いなさい

」と母を通して言うのだ。だから当然父と僕には薄

らとした気まずい壁が出来上がっていた。

 僕は18歳の時家を出て(千葉→福井)1人暮らしを

始めたのだが、出発の日、母と妹は「寂しくて泣い

ちゃうから見送りに行かない」と泣きながら話し(

もう泣いてるやん)父が車で東京駅まで送ってくれ

る事になった。もちろん車内では無言。ボソッと「

天丼でも食うか」と言うと、蕎麦屋に立ち寄った。

それぞれ注文し食べ始めるのだが、父はサッサと食

べ終えてこっちを見ている。1,600円位した天丼なの

に、サッサと食えというプレッシャーを与えてくる

。相手のペースに合わせるといった気遣いや思いや

りのないオッサンなのだ。僕も急いで食べ終えた。

その後見送りといっても、別れ際は「じゃ」と「お

う」だけだった…

4月から1人暮らしを始め、夏休みはバイトに明け暮

れ、9月の平日に日帰りで家に帰った。当然父は仕

事で妹は部活の合宿だったので、家には母だけだっ

た。母に大学の事やら1人暮らしの生活の事なんか

を一通り話し、まぁ父は22:00頃まで帰ってこない

し、15:00頃帰ろうと家を出たら、ひょっこり父が

帰って来た。「もう帰るのか」「まぁね、明日も

バイトだし」「コレ電車で食べなさい」とミスター

ドーナツの箱を渡してきた。そしてまたあの時と

同じ様に「じゃ」と「おう」で別れた。

 駅のホームで電車を待ちながらドーナツの箱を

開けると3種類のドーナツが3つずつ入っていた。

「3人でお茶をしようと会社を早退してきたんだ」

そう思うとなんだか泣けてきた。「一緒に食べよ

う」と言えない不器用な父に対し、サラッと別れ

た自分が本当に愚かに思え、「1人で9個も食べら

れないよ」と駅のホームで泣いた。

 それから時は経ち、僕も父親となった。ある日娘と

マックに行った時、僕はサッサと食べ終わり、娘が

食べている所を眺めていた。本当に美味しそうに食

べていて、その仕草が愛おしいのだ。ところが娘が

突然「父ちゃん急がせないでよ」と言った。父はあ

の時天丼を食べている僕を見ていたのだろう。大き

く育って、1人暮らしを始めるんだなぁなんて考えて

いたのだろう。気遣いや思いやりがないのは僕の方

だった。「すごく美味しいよ」の一言でもなんで言

わなかったのだろう。最寄駅ではなく東京駅まで送

ってくれたのは、一緒に食事をする為だったのだろ

う。僕は両親と離れた所にいるし、姉も妹も嫁にい

っているから、恐らく父は将来施設に入るのだろう

。今72歳だからこの10年以内の事だ。もし父が施設

に入って、職員がタメ口で人権を無視する様な対応

をしていたら、僕は本気でブチ切れるだろう。僕の

父は僕を育てる為に、朝から晩まで何十年も働いて

くれた大切な人だからだ。でもそれは、今、目の前

に居る利用者も、これを読んでいるあなたも同じな

のだろう。そんな事を接遇向上月間に想ふ…

(おまけ)

これを読んでいると高倉健みたいな寡黙で渋い人物

をイメージするかも知れませんが、僕の父の見た目

は鶴瓶と西田敏行の間です。

「感情と記憶と牛乳とタマゴ」

【内容】

 介護職(男性)が日々感じた事を話す、略して「介男

話」です。

今回も委員会で配布したコラムの紹介です。ペットっ

ていいよねー!ひまつぶしにどうぞ♡

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『感情と記憶と牛乳とタマゴ』

 長女が「リカちゃんハウスを下さい。父ちゃんには

犬を下さい」とサンタへの手紙に父親名義を使って合

法的に欲しい物を2つ手に入れようとしたのが今から

5年前の出来事。ずっと拒み続けていたが、ついに今

年の3月から我が家も犬を飼う事になった。

 誤解しないで欲しいのだが僕は犬が嫌いなのではな

い。むしろ大好きだ。昔飼っていた犬が死んだ時すっ

ごく悲しくて、旦那に先立たれた後生涯を独身で貫く

未亡人の様な心境で犬は飼いたくなかったのだ。犬は

行動や感情がシンプルで解り易いから良い。例えば僕

が女性にプレゼントを渡した時、全然嬉しくなくても

「わぁ!うれしい♡」と言うでしょう。犬ならばシッ

ポがピクリとも動かず、プイーッてな感じだ。本当に

人間にもシッポがあればいいのに…

 利用者Kさんは独身で子供が居なかったが、子供の

様にかわいがっていた猫がいて、その猫を妹に預けて

入園してきた。入園後Kさんは、独身でバリバリ働い

てきた事もあり、我が強くプライドも高く、他の利用

者と口論になる事もしばしばあった。僕が他の利用者

に「子供は何人?」とか話していると「私は子供は居

ないけどかわいい猫ちゃんがいた」と張り合う様に話

に割り込んで来たり、他の利用者の所に子供さんが面

会に来たりすると「ウチは猫だから面会には来れない

けど、呼んだら膝の上に来て…一緒に寝たり…」等、自

分に言い聞かすかの様に猫との愛情エピソードを話し

て来たりしていた。

何年かして、妹さんが面会に来て猫が死んだ事を伝え

た。その時僕は「わざわざ悲しむ事を言わなくても良

いのに」と思っていた。Kさんは「そう…最期は苦し

んでたの?」とだけ質問し、眠るような最期だったと

聞くと「良かった、随分長生きしたもんね」と話し、

話題を変えた。その後いつもの様に過ごし、僕の冗談

にも笑顔を見せ、いつもの様に他の利用者に文句を言

っていた。夕食後もKさんはいつもの様にトイレに行

きベッドへ横になった。夜だけPトイレを利用するか

らPトイレを設置しに行くと、いつもはすぐにPトイ

レに行ける様、入口側を向いて寝るのに、壁側を向い

て寝ていた。僕はそっとPトイレを置き、「ミャー」

と猫の鳴き真似をすると、壁を向いたまま、鼻をすす

りながら「そんなブサイクな声じゃなかった」と返し

てきた…

さらに何年かして、僕は管理職となり、Kさんとそん

なに日常的に関わらなくなったある日、本入園された

方に「子供は何人?」と話をしているそばにKさんが

居たから「Kさんは猫飼ってたんやね」と話を振ると

「はて、そうだったかしら?」と忘れていた。あんな

に僕に猫の話をしていたのに、あんなに猫の話をして

いる時は笑顔だったのに…僕は思い出してほしくて、

以前話してくれた猫とのエピソードを話したら、何と

か思い出してくれたけど曖昧だった。「あの時」猫の

死を正直に伝え「悲しませた」のは、妹さんのKさん

への優しさと、猫への愛情(妹さんには全然懐かなか

ったらしいけど)だったんだと思う。

つい先日、志村けんさんを追悼する「志村動物園」を

Kさんが見ている所に遭遇し、猫が出て来た時「私も

猫をずっと飼っていたの。いや~かわいい」とあの時

の笑顔を見せた。感情ってなんだろう。記憶ってなん

だろう。認知症になるってなんだろうって、文章で表

せないとても複雑な心境になったけど、1つ確信した

事がある。感情や記憶は決して「無くなったり」「失

ったり」はしないって事だ。時間の流れや認知症で

は届かない心の奥に大切にしまってあって、きっか

けがあればいつでも色あせる事なく蘇るのだ。家族

やペットとのかけがえのない、絶対に無くしたくな

い物は、絶対に無くなったり失ったりしないのだ。

(おまけ)

といっても蘇らなくていい記憶もある。夜勤明けで

スマホを見たら嫁さんから「牛乳とタマゴ」とだけ

ラインが来ていた。せめて「買ってきて」位打って

くれよー。「父ちゃんが使っていいタオル」って何

だよー。俺が朝パンを食べると「残りの計算が狂う

」って何だよー。4人家族なのに3個パックのプリン

買うって何だよー。もらいモンのバームクーヘン俺

の分置いてあるよって、3㎝位置いてあって…何等分

したらこうなるんだよー。あーしまった、興奮して

余計な事書きすぎた…

隠し事を書く仕事じゃなかった。やっぱり人間には

シッポはいらんな。よけいなイザコザが増える。感

情を上手くコントロールしてサッサと忘れるのが

1番だ。

 Kさん、俺も猫みてーに寝込みてーよ。

おしまい      

(Just forget move on!!)

「正しい日本語」

介護職(男性)が日々感じた事を話す、略して「介男

話」です。

毎回委員会が始まるまでのひまつぶしにコラムを書い

ているのですが、たまには今回みたいに変な回もあり

ます。ひまつぶしにどうぞ♡

委員会が始まるまでの暇つぶしコラム

『正しい日本語』

 今月は接遇向上月間でしたね。皆さんは「最近の若

い人は正しい日本語が使えない!」なんてTVとかで

専門家が嘆いていたりするのを聞いた事ありませんか

?「正しい日本語」って何なのでしょうね。僕は言葉

って時の流れと共に変わっていくものだと思います。

だって身近に「いとおかし」とか「拙者は~」とか話

す人居ますか?時代と共に新しい言葉が生まれ、使わ

れなくなった言葉は消えていくだけなのです。

そんな変わり行く時代の中で、今、まさに消えていき

そうな言葉があるらしい。その言葉とは「い」だ。「

い」が消えかかっているのだ。マクドナルドをマック

と呼ぶように、めんどくさい部分を削ったり、言葉は

省エネ化するのだ。つまり「い」はメンドクサイのだ

。母音の「ア」「イ」「ウ」「エ」「オ」の5つの内、

「ア」と「エ」、「ウ」と「オ」はそれぞれ発音と口

の形が似ている。「部長」は「ぶちょう」でも「ぶち

ょお」でもいけるし、他にも「あし」と「えし」、「

うし」と「おし」はサラッと言えるけど、「いし」だ

けは口先を平べったくする必要があるからテンポが崩

れる。これまで以上に時短と効率を重視する現代人に

おいて、「い」は邪魔なのだ。だから「うまい!!」

と言わず「うま!!」、「いやだ」ではなく「やだ」

というように、「い」は「メンドクサイ」から「メン

ドー」で省エネ化を図り、消されているのだ。その内

結婚式とかでも「ちかいの言葉」じゃなくて「ちけー

の言葉」になって、「すげーやべーなぁ」なんて話し

てたら、日本人全員が「オッス!オラ悟空」みたいに

挨拶する日が来るかも知れない。

 そもそも世界的に見ても日本語は難しすぎる。アル

ファベットの26個に対し、ひらがな・カタカナ各50個

に漢字もあって、文字の種類は膨大だ。さらに「コウ

コウと照らす」「コウコウに通う」「先攻コウコウ」

のように、発音が全く同じでも前後の言葉で意味が変

わったりもする。1ぱい、2はい、3ばいのような「゛

」がつくのか「゜」がつくのかはもう感覚でやってる

所すらある。

言葉の最大の目的は相手に伝える事です。利用者は僕

達にとってサービスの提供対象であり、僕達が生きる

時代を築いてきた先輩であり、さらに、いつどんな事

で死ぬか分からない中で奇跡的に自分より長く生きて

いる年長者であり、それは敬意を抱くには充分な理由

になります。だから利用者には敬意を持っている事を

伝える必要があるのです。それが例え「正しい日本語

」ではなかったとしても、相手に敬意が伝われば不快

な想いをされる事はないでしょう。だから接遇向上月

間で言葉遣いを指導する時、「正しい日本語を」では

なく「相手に敬意を払いましょう」というのが正解な

んじゃないでしょうか。

(おしめー)  

☆おまけ☆

 日本語は難しい。前述の「コウコウ」のような言葉

はたくさんある。でも、そんな難しい日本語だからこ

そ出来る事もある。皆さんはこんな出来事を知ってい

ますか…

 森の中にある小さな教会の結婚式に呼ばれた帰り道

の事。足を滑らせて豪快にこけて、頭をぶつけもがい

ていたんだけど、偶然通りかかったおばぁちゃんは完

全にシカトして行ってしまった。何でもお産で呼ばれ

て急いでいるんだと…

 これは、「転倒無視の産婆」の話…

(おしまい)

「コーヒーとアメリカちゃんと頑張るメガネさん」

介護職(男性)が日々感じた事を話す、略して「介男

話」です。

今回のコラムは今でも時々思い出すエピソードです。

ひまつぶしにどうぞ♡

委員会が始まるまでの暇つぶしコラム

『コーヒーとアメリカちゃんと頑張るメガネさん』

 最近、朝食の飲み物を娘に聞くと、次女は必ず「コ

ーヒーちょうだい♡」と返ってくる。ホットミルクに

ちょこっとコーヒーを入れ、たっぷりのお砂糖を入れ

て出す。コーヒーは大人の飲み物というイメージの次

女は「コクが深い!」なんて言いながら、得意げに飲

んでるんだけど、こんな時ふと思い出す利用者がいる…

 「コーヒーおくれ!」寮母室(昔はこう呼んでいた

)に独特なガラガラ声が響き渡る。入口でシルバーカ

ーの上にコップを置き、Yさんが立っている。「了解

」と返事をし、冷蔵庫から預かっている1ℓパックのコ

ーヒー(あのめっちゃ甘いやつ)をコップに注ぐ。 1

日5~6回来るからB棟で働く職員は皆「はいはい、ま

た来たのね」といった所だ。

 このYさんは女性なのだが、丸太の様な風体で、ギ

ョロッとした目、虎刈りの様な髪型、短気で、パンチ

が強く、職員を「ウス」とか「ゴンボ」とか独自のあ

だ名で呼び(僕は「メガネさん」でA主任は「ニコニ

コ」)、僕の彼女(今の嫁)が働いている時は「アメ

リカちゃん」と呼びかわいがってくれていた。また「

自分の事は自分でせなアカン」と強い意志で生活し、

それが出来る人だった。

 「はいコーヒー」「おおきに、身体に気ぃ付けて、

アメリカちゃん大事にせなアカンで」僕と接する時、

必ずこのセリフを言う。偏屈で頑固者だから内心腹が

立つ時もあったけど、このセリフが社交辞令ではなく

本心からだと解るから、僕はこのセリフを聞くのが好

きだった。

 Yさんは「やっちまった時」とかに、ニタァとし

た不器用な笑顔を見せる。くわえタバコで清拭を畳

んで清拭を焦がした時、カッとなり他の利用者とト

ラブルになった時、僕が冗談を言った時なんかもそ

うだ。笑顔の似合わない女性を見たのは後にも先に

もこのYさんだけだ。

 僕は人事異動でYさんとは別の棟で働く事になった

んだけど、B棟の廊下で会うと必ず「コーヒーおくれ」

って来て、「身体に気ぃ付けて、アメリカちゃんを大

事にせなアカンで」と言ってくれた。その内Yさんは

丸太の様な身体を自分の足で支えられなくなり、車椅

子となった。自分で何でもしようとするからよく転倒

し、身体の色んな所にアザを作る様になり、おでこに

でっかいアザを作った時なんかニタァとした不器用な

笑顔を見せ「身体に気ぃ付けて、アメリカちゃんを大

事にせなアカンで」と言うから「自分の身体を心配せ

ー」とつっこんだりもしていた。その内仕事も忙しく

なり、Yさんと廊下で会う事もなくなった。会わなく

なってから数ヶ月後、Yさんが入院したと聞いた。結

構長い間入院していたんだけど、退院するって聞いて

、アメリカちゃんと結婚もしたし、久しぶりに会いに

行った。しかし、そこには僕の知るYさんは居なかっ

た。病気の為片足は切断され、丸太の様な身体は痩せ

細り、何でも自分でしてきた両手は木の枝の様に力な

くただそこに置かれ、頬もこけ、小さく息をしている

人がそこには居た。

 何て声を掛けよう…僕の事憶えているとは思えない…

なんて考えていると、ベッド上の「Yさんみたいな人

」と目が合った。…ニタァとした不器用な笑顔をした…

それはまぎれもなく、Yさんの「それ」だった。その

瞬間Yさんとの思い出が頭をめぐり、想像すら出来な

いその笑顔の裏側を考え胸が締め付けられた。そんな

僕にYさんは力なくボソボソと何か言った。それは音

として僕の耳には届かなかったが、僕には解った。僕

だから解った。「身体に気ぃ付けて、アメリカちゃん

大事にせなアカンで」Yさんはそう言った。僕の心に

は確かに届いた。丸太の様な身体も自己中な行動もに

くたらしい言葉も、もうそこにはなかったが、ベッド

で片足の無い痩せ細っているこの人は、どんな状況で

も本気で僕の心配をするこの人は、変わる事のない何

かを持ったYさんだった。

 この日の事を思い出すと今も心が熱くなる。介護職

として仕事として不適切で不要かもしれないけれど、

僕はこの感情のゆらぎは大切にしている。「いずれ皆

何も出来なくなって死ぬ」だからこそ、今出来ること

、それが職員にとって都合が悪い事であっても、大切

にしなければいけないと思う。このコラムにメッセー

ジ性はない。ただの思い出話しだ。でもほんの少しだ

け考えてみてほしい。なぜ立ち上がり、なぜ転倒する

のか。なぜ寂しいのか。なぜ失禁するのか。なぜオム

ツ外しするのか。なぜ食事をこぼすのか。なぜ家に帰

りたいと言うのか。今も僕の頭の中にはあのガラガラ

声で「身体に気ぃ付けて、アメリカちゃんを大事にせ

なアカンで」が残っている…

 長女は10歳で、もうとっくに自分で飲み物を用意出

来るのに、毎朝僕が用意をしている。自立心?父ちゃ

んがいつまでもしてげたいんだよ…

 あ、それとYさん、アメリカちゃんにもメガネさん

大事にしろって言ってよ。結婚して10年経ったら、ア

メリカちゃんは「北極さん」になったよ。

おしまい

「ミラーで確認すべし」

介護職(男性)が日々感じた事を話す、略して「介男

話」です。

またまた委員会で配布したコラムの転載なのですが、

僕と母との思い出です。リスクマネージメントの大切

さについてのコラム、ひまつぶしにどうぞ♡

委員会が始まるまでの暇つぶしコラム

“事前にどんな事が起こるのか予測し備える”

これは災害であれ事故であれ、大切な事です。相談員

であれば家族に説明する時、現状を把握し、どんな質

問が来るのか、そして、どの様に返答するのかを事前

に予測し用意しておく…この予測の引き出しが多けれ

ば多いほど冷静に対応が出来るのです。人は冷静さを

失うと必ず失敗します。

『ミラーで確認すべし』

 僕には2つ上の姉がいる。姉が中学校に入学する少し

前、母は部活動で帰りが遅くなる事を予測し、車で送

迎出来る様に車の免許を取る決意をした。家事や育児

の合間に教習所に通い、試験も何度か落ちたが、どう

にかこうにか4年後に無事免許を取得したのだった。(

姉ちゃん中学卒業しとるがな!!)

 免許を取ってしばらくしたある日、母が僕にドライ

ブを持ちかけてきた。どうやら給油をしなければなら

ず、初めてなので付き合ってほしいというのだ。思春

期真っ只中の僕は母親とドライブなんて恥ずかしくて

嫌だったが、寄り道の御礼に期待し後部座席に乗り込

んだ。

 「大丈夫なのかよ…」学生の僕は給油なんてした事

は当然ない。そしてこの母親だ。不安しかなかった。

そんな心配をよそに母は「どうするか大体解ってる。

ダイジョーブダァー!」と志村けんのモノマネをかま

してきた為、僕は心底イラッとした。

 ガソリンスタンドに着くと、アルバイトだろうか、

大学生くらいの店員が近付いてきた。母は窓を開け

「レギュラー、マンタン、ゲンキンデ。ハイザラハ

、ダイジョウブデス。」と、あたかもそれを言うと

用意していたかの様に言った。給油が始まると緊張

のほぐれた母は、後部座席を振り返り「余裕ダッチ

ュ~のっ‼」と当時流行っていたギャグをかましてき

た為、僕は全力で無視をした。

 支払も終わりおつりを受け取ると、店員は母に尋ね

た。「どちらに行かれますか?」すると母は顔を真っ

赤に染め「私は結婚してます‼後ろに座っているのは

息子です‼」と言うと、一目散にガソリンスタンドを

飛び出して行ったのだった。

 …お解り頂けたでしょうか?初めて給油に行く母は

、どんな質問があり、どうやって給油口を開けるのか

等、事前にシミュレーションをしていましたが、「ど

ちらに行かれますか?」という質問は想定していませ

んでした。想定外の質問をされた瞬間頭が真っ白にな

り冷静さを失い、店員はガソリンスタンドから出て「

右に行くのか、左に行くのか」を知る為に「どちらに

行かれますか」と質問したのに、母は自分がどんな顔

であるかも忘れナンパされたと勘違いをし、真っ赤な

顔でガソリンスタンドから出て行ったのでした。

 リスクマネージメントなんて言葉がまだ無かったあ

の日、僕は自分自身を見つめ、冷静に対応する大切さ

を、鼻歌を歌いながら上機嫌に運転する母の後ろ姿か

ら学びました。

おしまい♡

「手をどけたらセンサーで止まる」

介護職(男性)が日々感じた事を話す、略して「介男話」です。

今回も委員会で配布したコラムを掲載します。

ひまつぶしにどうぞ♡

委員会が始まるまでの暇つぶしコラム

   『手をどけたらセンサーで止まる』

人はなぜ働かなければいけないのか?

この問いに多くの人が

「生きる為には食べなくてはならない、

食べる為にはお金を稼がなくてはならない、

お金を稼ぐ為には働かなくてはならない」

と答えるだろう。

つまり、お金を稼ぐ為に働く。

「仕事=金」という事だ。

ではなぜビルゲイツは働いているのか?

メッシは試合に出続け、

道場六三郎は料理を作り続けていたのか?

ボランティアで働く人だっている。

(ここから僕の片寄った思考が続きます、あしからず♡)

さっきの答えの「◯◯てはならない」という

退屈で窮屈な部分こそが「生活する」という事ではないだろうか。

つまり、本質的に生活とはなんともつまらない物なのだ。

仕事には当然その対価としてお金をもらうという意味があり

「仕事=金」は1つの側面ではあるだろう。

でも決してそれだけではない。

さっきのビルゲイツ等の大富豪や

ボランティアやNPOで働き、

働いた報酬が「お金」としては少ない人も働き続けている。

彼らは「働いた結果であるお金」よりも

「働き」そのものに「何か」を得ているのだ。

つまり「仕事=金+何か」なのだ。

そしてこの「何か」とは

・人から必要とされる 

・人から愛される

・人に褒められる

・人に感謝される

の4つのどれか(もしくは全て)だと思う。

人や社会とのつながりと表現する人も居るが、

それも突き詰めたらこの4つに含まれると思う。

退屈で窮屈な生活を送る上で働かなければならない状態でも、

仕事をすればこの4つのどれかが必ず得られ、

生活に彩りが生まれるのだ。

以前Hさんという利用者がいた。

髪が腰の辺りまである長髪で、

シルエットが「くまのプーさん」みたいで

いつもニコニコしているチャーミングな女性だった。

とても愛嬌があり、ご飯を配っても

おしぼりを渡してもトイレ誘導をしても、

何をしても笑顔で「ほんにありがとねぇー」と

返してくれるから職員からとても人気があった。

そんなHさんも月日と共に認知症が進行し、

オムツを外したり盗食をしたり、

危険認知が行えず車椅子から立ち上がったり、

さらに、円背が強く介助を行いづらく、

介護負担がかなり必要となった。

表情は別人のように常に険しく、

介助中職員の手を叩いたり罵声を言われたり、

とにかく「大変な利用者の1人」となった。

Hさんを変えたのは認知症という病気だ。

皆そんな事は「理解」している。

でも介護職員だって人間だ。

行った仕事に対しての返しが

険しい表情や罵声だったりすると

「理解」だけでは「納得」が出来ない時もある。

綺麗事のようだが、

Hさんは「ほんにありがとねぇー」と

言えなくなっただけなのだ。

これは自分でトイレに行けなくなった事と

同じレベルだと思う。

Hさんは介護を必要とし、

それは本人やHさんの幸せを願って死んだ両親、

Hさんが命よりも大切にしてきた子供達からは感謝される事で、

人から称賛される愛すべきサービスを提供しているのだ。

だから当時職員のO君がバシバシ叩かれながらも

「すぐ終わるから…」と汗を流しながら

オムツ交換をしている姿は、規模と解り易さが違うだけで、

メッシのスーパーゴールと同じベクトルなんだと思う。

O君と2人でHさんが何とか立てる位の頃、

トイレ介助をしていて、失便されていたので

保清の為ウォシュレットをした瞬間、

すごい勢いで立ち上がり逃げ出した!!

僕は必死にHさんを捕まえ

「火事場のバカ力ってあるんだな」なんて思っていたら

「介男さーん、水を止めてくださーい!」と

O君がビューッと出続けるウォシュレットの水を

ビショビショになりながら両手で必死に押さえていて、

その姿は、ビルゲイツの記者会見よりも輝き、

そしておもしろかった。

                おしまい

「納得できない他オムニバス」

介護職(男性)が日々感じた事を話す、略して「介男話」です。

もう、すっかりおなじみの(そうなのか?)委員会で配布したコラム紹介。

今回は心理学用語の説明をしつつ、オムニバス形式で書いてみました。

ひまつぶしにどうぞ♡

委員会が始まるまでの暇つぶしコラム

    『納得出来ない』

「ちょっと!父ちゃんに見てもらった宿題、間違えてる所あったよ!!」

何!?そんなハズはない!小学生の算数でしょ?

間違えてる訳がない、ドコ?見せて!!

“タカシ君は300円持っています。お店で120円のパンを買いました。

おつりはいくらでしょう。”   答え80円 ×

なんでやねん!!80円でしょ!!

120円の物を買うのに300円出す!?

200円出しておつりを80円受け取るでしょ!

というか10円玉30枚もってたらおつりはないよ!!

先生はこの80円という解答を見て、

そのパラドックスに気が付いて丸にするべきだ。

納得出来ない。

    『ベイカーベイカーパラドックス』

これは父ちゃん間違ってないで。

先生が間違えてる!えーっと先生の名前なんだっけ…

あのホラッ、ヌーッとした大学生みたいな…

ロン毛で…ホラ…えーっと、、、

というように、周辺の事は憶えているのに

肝心な名前が出て来ない時ってありますよね。

こういうのを「ベイカーベイカーパラドックス」と言います。

ベイカー(パン屋)という事は思い出せるのに、

ベイカーという名前が出て来ないというジョークみたいな事に由来しています。

人は視覚から得る情報量が多いから、こういう事が起こるそうです。

あぁ◯◯先生だ!!

「違うよそれは去年の担任の先生!

もうとっくに変わってるよ!!」

そうか、あの先生去年か…

早えーなぁ…

「父ちゃんいきなりしんみりすんジャネー!!」

   『ジャネーの法則』

歳を取ると月日が経つのが早く感じますよね。

そりゃそうですよ。だって50歳の人間にとって

1年は50分の1程だけど、5歳児にとっては

5分の1に相当する訳で、つまり、

5歳児の1年は50歳の10年な訳ですから、

5歳児が1日過ぎると50歳は10日過ぎているのです。

あくまでも主観的に記憶される月日の経過に対する事だけど、

こういうのを「ジャネーの法則」と言います。

「いつまで遊んでるの!!300-120でしょ!!

サッサとして家の事手伝って!!」

嫁の怒りの声が家中にエコーした…

   『エコーチェンバー現象』

いやいやちょっと僕の話を聞いてくれ…

「アラ本当、問題おかしいわね」…でしょ!!

「じゃぁ先生が間違ってるんだね」

「先生間違い…」

という様に、閉鎖的空間内でコミュニケーションを

くり返す事によって特定の信念等が増幅してしまう事を

「エコーチェンバー現象」と言います。

ネットの掲示板とかに同じ考えの人が集まって

書き込みしている内に「この考えこそ正義だ」

みたいになっていく現象で、同じ職種で転職した時、

以前の所でしていた事と比較してしまって、

以前の所のやり方が正しいと思ってしまうのも、

エコーチェンバー現象な訳です。

『納得してしまった』

「じゃぁ宿題終わったんなら家の事手伝って!!洗濯物たたんで!」

「ママ、ちょっと待って、それはおかしいよ。

父ちゃんは外に出て働いてお金をもらってくるのが仕事でしょ。

私は学校に行って勉強してくるのが仕事。

ママは家で家事をするのが仕事でしょ。

ママは私の学校に行って勉強する仕事を手伝ってくれないのに、

なんで私はママの仕事を手伝うの?これはおかしいよ」

…うん、このヘリクツ具合は完全に僕の子供だ。

小学校の頃、国語のテストで

「文章を読んでこの作者の考えを書きなさい」という問題に、

「毎日一緒に暮らしている母親の考えも解らないのに、

この文章だけでその人の考えが解る訳がない」と

解答した事を思い出した…

「父ちゃん!!ウンチとおしっこ一緒に出せない!!

どっちもしたい時一緒に出そうとしても、

絶対に先にウンチが出てその後おしっこが出る!!新発見!!」

…うん、こっち(次女)も僕の子だね…ハハハ…納得…

「ダニング・クルーガー効果」にならない様に気を付けよ…

~この後、嫁さんの怒りが爆発したのは言うまでもなかった~

                 (おしまい)

「残42」

介護職(男性)が日々感じた事を話す、略して「介男話」です。

今回も委員会で配布したコラムなんですが、

3年前位のコラムなので、当時は「残42」ですが、

もう「残30」位ですし、それもコロナがあって不透明です。

ひまつぶしにどうぞ♡

委員会が始まるまでの暇つぶしコラム

      『残42』

 僕の母は千葉、姉は東京、妹は埼玉、

そして父は北海道でそれぞれ暮らしているので、

日頃会う事が殆どなく、盆、正月と年1回の

家族旅行の3回は必ず会おうと決めている。

両親は決して夫婦仲が悪い訳ではなく、

父は道楽で1人北海道で暮らしているのだが、

今回はそんな父の話。

父は…というかどこもそうだと思いますが、

孫に会うと「しばらく見ない間に大きくなったな-」

と毎回言う。そんな父に僕も思う事がある。

それは、会う度に父が「じじい」になっているのだ。

ちょっと大きめの皿を取る時、

手がプルプル震えているのを見て

「じじいになったなー」と思う。

おもちゃの電池を交換しようとして

全身全霊で蓋を開けようとしていて「じじいになったなー」と思う。

「漏れるー」とか言ってトイレに行っているのに

ドアの向こうからは「チョロロ…チョロロ…」と音がしてきて

「じじいになったなー」と思う。

「デコ(母の意)と2人から始まった家族が今や12人になった…」

と顔をクシャクシャにして泣いているのを見て

「じじいになったなー」と思う。

とにかく、めったに会わない分、

いたる所で父のじじい化を感じるのだ。

といっても昨年「古希」の祝をした年齢な訳で、

江戸時代ならとっくに死んでいる年齢な訳ですから無理もない。

そんな正真正銘、立派にじじいになった父を見て思う。

仮に85歳まで生きるとして残り14年、

年に3回会うから42回…

普通にしていたら後42回しかじじい…

あ、父に会わない事になる。たった42回だ。

これはさすがに「まいる」がたまる。

(解説:「僕のまいる気持ちが増えていく」と

「北海道から来る父のマイルがたまる」をかけた

高度なギャグである。)

父は2年位前に軽い脳梗塞で倒れた事があり、

医者から運動と水分と減酒を言われた為、

姉が父に万歩計を渡し、毎日歩数を家族のグループラインで報告する

ってしてたのだが、1日1万~1万5千歩位しか歩いておらず、

ある日珍しく4万歩以上の日があり「頑張ったね」なんて返信したら

「今日は頑張ってすすきのまで歩きました(^^)」って返ってきて

「酒飲みに行っとるやないかーい」と

家族全員でつっこんだりしています。

“親不行をしないけど親孝行もしない”というモットーで

反抗期も1週間で終わらせた僕にとって父は、

子供の頃に遊んだ記憶が殆どなく、朝早く仕事に行き、

夜遅く帰ってくるという思い出しかない。

でも、僕の仕事に対する向き合い方は父の影響を受けており、

父が何の為にそんな生活を送っていたのかが解るようになると、

僕ら子供達と接する事が出来なかった父が、子育ても終わり、

仕事も一線を退いた今、孫にたくさん食べて欲しくて

手をプルプルさせながら皿を持っていたり、

孫に良い所を見せようと必至におもちゃの電池交換をしていたり、

トイレを我慢してまで孫の話に耳を傾けたり、

そんな時間を過ごせる事を喜び、

顔をクシャクシャにして泣いている姿を見ると、

子供の頃の自分に対する少しの後悔と、

これから先、もっともっとこんな時間を増やしたいし、

ずっとずっと健康でいて欲しいと心から思う。

「健康である」という事は本人の為だけでなく

「健康であってほしい」という本人以外の家族や友人等、

たくさんの人の為でもあると思う。

普段の生活が見えず離れて生活しているとより強くそう思うのだろう。

今日面会に来られたご家族様はあと何回、

その利用者に会えるのだろうか?

僕らが取り組む「健康管理」はそういった事も含めて行われるべきで、

手洗いを行う事でさえ計り知れない物を守る事となるのだろう。

ちなみに母は父が中村雅俊と同い年である事から、

事あるごとに2人を比較して「こんな時、雅俊なら…」とか言うんだけど、

お母さん、使い古したストッキングに玉ねぎ入れてベランダに吊るすの止めて。

そんな事、雅俊ならしないから…

                       おしまい♡

「社会人のマナー」

介護職(男性)が日々感じた事を話す、略して「介男話」です。

今回も委員会で配布したコラムですが、

ある御利用者との思い出です。ひまつぶしにどうぞ♡

委員会が始まるまでの暇つぶしコラム

      『社会人のマナー』

いつものように仕事をしていたら、PHSに相談員から連絡が入った。

「入院中のSさんが亡くなった」との事。

僕はいつもの様に仕事をする。

企画部に行き、次の入園者について話し、

何日かしたらSさんの家族が引き継ぎの為に来園されるから、挨拶に行く。

この時神妙な顔を作り、お亡くなりになった事を

悔やんだフリをするのが社会人のマナーなのだ。

Sさんは明るい性格で、声を掛けるとその返しがユニークだった。

「もう夜やで。」というと「アラそう、一緒に寝る?」とか、

「朝ご飯やで。」なら「アラ嫌だ、メイクがまだよ。」

なんて具合だ。

Sさんは僕が棟のリーダーをしている時入園された人で、

僕達は利用者の入園までの経緯を「生活歴」の欄を

読む事で知る事が出来る。Sさんの生活歴には

「横浜で軍人である夫と結婚し、

夫からかなりの暴力を受けていた」と

壮絶な出来事が一文にまとめられていた。

この一文の中身を想像すると、そんな事を感じさせない

彼女の明るさ(下ネタが多かったケド)は

強く気高いものだと感じるには充分だった。

Sさんには一人娘が居たが、保証人は娘婿で、

第二、第三保証人もそれぞれ孫であった。

入園当初、娘さんは頻回に面会に来ていた。

面会に来ると居室の掃除をしたり足のマッサージをしたり…

僕が一度

「細目に面会に来て下さりありがとうございます。」と言ったら

「大変な父の為、母はいつも苦労していたんです。

だからもう大好きな母に苦労させたくないんです。」と

母親への愛情をストレートに伝えてきた。

僕はその時まだ娘さんの想いを知らなかったので

そのストレートさに珍しさと羨ましさを抱いた。

そんな中でもSさんは、居室で転倒したら

「ベッドの下にイイ男が居ないかなって思って…」とか

「今は朝?夜?昨日の夜激しくって解んなくなっちゃって…」とか、

少しずつだが確実に、肉体も頭脳もその機能が低下し、

その事を自覚していたが、彼女の強さが冗談で包み明るく見せていた。

Sさんの生活歴の所にはもう一つ記入されていて

「一人娘が居るが身体が弱く介護が行えない」といった内容だ。

娘さんはいつも夫婦で来て旦那さんは

居室前のソファに座ってボーッとしていて、

娘さんがSさんの所に行って話したり掃除をしたりしていたのだが、

そのボーッとしているはずの旦那さんが僕の所に来た。

「入園する前から妻は癌であった。だから母親を施設へ入れた。

治療をしていたが再発した。治る見込みはない。」との事。

僕はストレートに大好きと言える理由がほんの少しだけ解った。

居室では親子水入らずで「お母さんどう?」

「ここは男前が少ないから嫌になっちゃう。」

なんていつも通りの会話をしているが、確かに娘さんは痩せている。

旦那さんは「今日を最後の面会にしようと話し合って来た。

どんどん痩せて弱って行く姿を見せて心配させたくないから。」と言った。

娘さんはSさんに笑顔で「またね。」と言って立ち上がり、

背を向けた瞬間、堪えていたであろう感情があふれ泣き出していた。

顔をクシャクシャにして大粒の涙をこぼしながらも、

後ろにいるSさんには決して解らないよう振る舞い、

僕にいつものように「お願いします。」とだけ言うと、

いつもはエレベーター前で見送るSさんに手を振りながら帰るのに、

見送ろうと必死に車椅子をこいで

Sさんが後ろから来ている事を知っているのに、

そそくさと帰って行った。

「アラ、愛想の無い子ねぇー、誰に似たのかしら。」

と言うSさんに「親の顔が見たいよ。」と返すと

「アンタともう1人作ろうか。」なんて話していたが、

心の中では「娘さんはSさんに似てとても強い人だよ」と

感動しつつも、こんなSさんとの明るい会話に助けられ、

僕は介護のプロとして笑顔でSさんの横に居る事が出来た。

しばらく経ったある日、相談員から

「Sさんの娘が亡くなったが、本人には伝えない意向である」

との連絡が入った。

僕達は意向を申し合わせ伝えなかったのだが、

ある日、僕はSさんと何かの会話の流れで

「子供は宝」みたいな事を話した時、

Sさんは「私の娘は最近全然顔を見せないのよ。

この間来た時だいぶ痩せていたからもう死んじゃったのかしら。」

と冗談を言った。…というか、冗談だったのか、

全てを理解した上での彼女の強さだったのか、

最後の面会の時よりも認知も進行していたし、

解らないし、確かめようもない。

僕は管理職となり日常的にSさんと関わる事が減り、

Sさんと最後に交わした会話は

「嫌ね私ボケちゃって、その内何も解らなくなって、

娘の旦那に手を出したらどうしよう。」という「らしい」会話だった。

Sさんは亡くなった事で娘さんとの

「またね」を果たしている事だろう。

今頃娘と2人で御主人をボコボコにしているのだろうか…

いやSさんはそんなに弱くないか。

「アンタで我慢するか!」なんて冗談を言って

親子3人で一緒に居るんだろうなーなんて、

そんな事を考えるとほんの少しだけ胸がクッとなるが、

油断すると少しだけ顔がニッとなってしまう。

だから家族に挨拶をする時は

神妙な顔を作って亡くなった事を悔やむフリをしなければならない。

それが社会人のマナーだから…

                         おしまい      

                    (I’m so happy that I met you♡)