猫の入浴という夏限定のイベントを今年もやっと 終わらせた行事委員の叶です。 7月の誕生日会が行われ、今月も皆さんに心をこめ て一人一人お祝いをさせて頂きました。 7月は、誕生月の利用者さんの数はそこまで多くは 無いですが、梅林園に入園して初めての誕生月を過ご す方が多く、自画像のプレゼント等を貰ってとても喜 んでくださりました(^^)/♪ 今月の歌の「うみ」を歌ったり、今月のお誕生日ケ ーキの「チーズケーキ」を召し上がられたりと楽しい 一日を過ごすことが出来て良かったです♡ 7月生まれの方本当におめでとうございます。 |
記事一覧
「納得できない他オムニバス」
介護職(男性)が日々感じた事を話す、略して「介男話」です。
もう、すっかりおなじみの(そうなのか?)委員会で配布したコラム紹介。
今回は心理学用語の説明をしつつ、オムニバス形式で書いてみました。
ひまつぶしにどうぞ♡
委員会が始まるまでの暇つぶしコラム |
『納得出来ない』
「ちょっと!父ちゃんに見てもらった宿題、間違えてる所あったよ!!」
何!?そんなハズはない!小学生の算数でしょ?
間違えてる訳がない、ドコ?見せて!!
“タカシ君は300円持っています。お店で120円のパンを買いました。
おつりはいくらでしょう。” 答え80円 ×
なんでやねん!!80円でしょ!!
120円の物を買うのに300円出す!?
200円出しておつりを80円受け取るでしょ!
というか10円玉30枚もってたらおつりはないよ!!
先生はこの80円という解答を見て、
そのパラドックスに気が付いて丸にするべきだ。
納得出来ない。
『ベイカーベイカーパラドックス』
これは父ちゃん間違ってないで。
先生が間違えてる!えーっと先生の名前なんだっけ…
あのホラッ、ヌーッとした大学生みたいな…
ロン毛で…ホラ…えーっと、、、
というように、周辺の事は憶えているのに
肝心な名前が出て来ない時ってありますよね。
こういうのを「ベイカーベイカーパラドックス」と言います。
ベイカー(パン屋)という事は思い出せるのに、
ベイカーという名前が出て来ないというジョークみたいな事に由来しています。
人は視覚から得る情報量が多いから、こういう事が起こるそうです。
あぁ◯◯先生だ!!
「違うよそれは去年の担任の先生!
もうとっくに変わってるよ!!」
そうか、あの先生去年か…
早えーなぁ…
「父ちゃんいきなりしんみりすんジャネー!!」
『ジャネーの法則』
歳を取ると月日が経つのが早く感じますよね。
そりゃそうですよ。だって50歳の人間にとって
1年は50分の1程だけど、5歳児にとっては
5分の1に相当する訳で、つまり、
5歳児の1年は50歳の10年な訳ですから、
5歳児が1日過ぎると50歳は10日過ぎているのです。
あくまでも主観的に記憶される月日の経過に対する事だけど、
こういうのを「ジャネーの法則」と言います。
「いつまで遊んでるの!!300-120でしょ!!
サッサとして家の事手伝って!!」
嫁の怒りの声が家中にエコーした…
『エコーチェンバー現象』
いやいやちょっと僕の話を聞いてくれ…
「アラ本当、問題おかしいわね」…でしょ!!
「じゃぁ先生が間違ってるんだね」
「先生間違い…」
という様に、閉鎖的空間内でコミュニケーションを
くり返す事によって特定の信念等が増幅してしまう事を
「エコーチェンバー現象」と言います。
ネットの掲示板とかに同じ考えの人が集まって
書き込みしている内に「この考えこそ正義だ」
みたいになっていく現象で、同じ職種で転職した時、
以前の所でしていた事と比較してしまって、
以前の所のやり方が正しいと思ってしまうのも、
エコーチェンバー現象な訳です。
『納得してしまった』
「じゃぁ宿題終わったんなら家の事手伝って!!洗濯物たたんで!」
「ママ、ちょっと待って、それはおかしいよ。
父ちゃんは外に出て働いてお金をもらってくるのが仕事でしょ。
私は学校に行って勉強してくるのが仕事。
ママは家で家事をするのが仕事でしょ。
ママは私の学校に行って勉強する仕事を手伝ってくれないのに、
なんで私はママの仕事を手伝うの?これはおかしいよ」
…うん、このヘリクツ具合は完全に僕の子供だ。
小学校の頃、国語のテストで
「文章を読んでこの作者の考えを書きなさい」という問題に、
「毎日一緒に暮らしている母親の考えも解らないのに、
この文章だけでその人の考えが解る訳がない」と
解答した事を思い出した…
「父ちゃん!!ウンチとおしっこ一緒に出せない!!
どっちもしたい時一緒に出そうとしても、
絶対に先にウンチが出てその後おしっこが出る!!新発見!!」
…うん、こっち(次女)も僕の子だね…ハハハ…納得…
「ダニング・クルーガー効果」にならない様に気を付けよ…
~この後、嫁さんの怒りが爆発したのは言うまでもなかった~
(おしまい)
暑さを吹っ飛ばせ!!!
「残42」
介護職(男性)が日々感じた事を話す、略して「介男話」です。
今回も委員会で配布したコラムなんですが、
3年前位のコラムなので、当時は「残42」ですが、
もう「残30」位ですし、それもコロナがあって不透明です。
ひまつぶしにどうぞ♡
委員会が始まるまでの暇つぶしコラム |
『残42』
僕の母は千葉、姉は東京、妹は埼玉、
そして父は北海道でそれぞれ暮らしているので、
日頃会う事が殆どなく、盆、正月と年1回の
家族旅行の3回は必ず会おうと決めている。
両親は決して夫婦仲が悪い訳ではなく、
父は道楽で1人北海道で暮らしているのだが、
今回はそんな父の話。
父は…というかどこもそうだと思いますが、
孫に会うと「しばらく見ない間に大きくなったな-」
と毎回言う。そんな父に僕も思う事がある。
それは、会う度に父が「じじい」になっているのだ。
ちょっと大きめの皿を取る時、
手がプルプル震えているのを見て
「じじいになったなー」と思う。
おもちゃの電池を交換しようとして
全身全霊で蓋を開けようとしていて「じじいになったなー」と思う。
「漏れるー」とか言ってトイレに行っているのに
ドアの向こうからは「チョロロ…チョロロ…」と音がしてきて
「じじいになったなー」と思う。
「デコ(母の意)と2人から始まった家族が今や12人になった…」
と顔をクシャクシャにして泣いているのを見て
「じじいになったなー」と思う。
とにかく、めったに会わない分、
いたる所で父のじじい化を感じるのだ。
といっても昨年「古希」の祝をした年齢な訳で、
江戸時代ならとっくに死んでいる年齢な訳ですから無理もない。
そんな正真正銘、立派にじじいになった父を見て思う。
仮に85歳まで生きるとして残り14年、
年に3回会うから42回…
普通にしていたら後42回しかじじい…
あ、父に会わない事になる。たった42回だ。
これはさすがに「まいる」がたまる。
(解説:「僕のまいる気持ちが増えていく」と
「北海道から来る父のマイルがたまる」をかけた
高度なギャグである。)
父は2年位前に軽い脳梗塞で倒れた事があり、
医者から運動と水分と減酒を言われた為、
姉が父に万歩計を渡し、毎日歩数を家族のグループラインで報告する
ってしてたのだが、1日1万~1万5千歩位しか歩いておらず、
ある日珍しく4万歩以上の日があり「頑張ったね」なんて返信したら
「今日は頑張ってすすきのまで歩きました(^^)」って返ってきて
「酒飲みに行っとるやないかーい」と
家族全員でつっこんだりしています。
“親不行をしないけど親孝行もしない”というモットーで
反抗期も1週間で終わらせた僕にとって父は、
子供の頃に遊んだ記憶が殆どなく、朝早く仕事に行き、
夜遅く帰ってくるという思い出しかない。
でも、僕の仕事に対する向き合い方は父の影響を受けており、
父が何の為にそんな生活を送っていたのかが解るようになると、
僕ら子供達と接する事が出来なかった父が、子育ても終わり、
仕事も一線を退いた今、孫にたくさん食べて欲しくて
手をプルプルさせながら皿を持っていたり、
孫に良い所を見せようと必至におもちゃの電池交換をしていたり、
トイレを我慢してまで孫の話に耳を傾けたり、
そんな時間を過ごせる事を喜び、
顔をクシャクシャにして泣いている姿を見ると、
子供の頃の自分に対する少しの後悔と、
これから先、もっともっとこんな時間を増やしたいし、
ずっとずっと健康でいて欲しいと心から思う。
「健康である」という事は本人の為だけでなく
「健康であってほしい」という本人以外の家族や友人等、
たくさんの人の為でもあると思う。
普段の生活が見えず離れて生活しているとより強くそう思うのだろう。
今日面会に来られたご家族様はあと何回、
その利用者に会えるのだろうか?
僕らが取り組む「健康管理」はそういった事も含めて行われるべきで、
手洗いを行う事でさえ計り知れない物を守る事となるのだろう。
ちなみに母は父が中村雅俊と同い年である事から、
事あるごとに2人を比較して「こんな時、雅俊なら…」とか言うんだけど、
お母さん、使い古したストッキングに玉ねぎ入れてベランダに吊るすの止めて。
そんな事、雅俊ならしないから…
おしまい♡
七夕会
七夕準備
体位変換と端座位の正しい意味を最近やっと理解で
きた行事委員の叶です。
7月7日に向け、職員が取りに行った竹に、ご家族様
が送って下さった短冊を、それぞれのフロアーに飾
りつけしました。家族様の想いの詰まった短冊に、
利用者の皆さん
「嬉しいわ」と見入っておられました。
お孫さんからの
「おばあちゃんのいつも元気なニコニコ笑顔が見ら
れます様にみんなで応援しています」
や
「コロナが収まっておばあちゃんとおかしを食べな
がらおしゃべりできます様に」
や
「ドラゴンボールの悟空になりたい」
というほっこりする短冊や
「100歳目指して元気で楽しく過ごしてね」
「おかんが健康であります様に」
という息子さん、娘さんからの短冊、なんと100枚
以上園に届いております。沢山のご協力ありがとうご
ざいました。
皆さんの願い事が叶います様に(^^)/
令和4年6月お誕生日会
近畿地方が早くも梅雨明けし、猫にとっても人間 にとっても厳しい暑さが続く為、体調管理に注意を しなくてはと思う行事委員の叶です。 6月の誕生日会が行われ、ウクレレ奏者のK課長の演 奏に合わせ、誕生日の曲や6月の歌「夏は来ぬ」をみ んなで歌って誕生日をお祝いさせて頂きました。 今月はめでたい事に「100歳」になられる方が2 名もいらっしゃいます!!丁度誕生日会の日に100歳 を迎えられたHさんは 「自分がまさか100歳を迎えられるとは思っても見な かった。故郷の舞鶴のトレトレセンターの魚が食べれ るようにこれからも長生きしたい!!」と元気にお話 をしてくれました。 これからもお元気で長生きをして頂けたらと職員一 同願っています(^^)/ Ⅿさんも、ご家族様からの誕生日プレゼントの服を着 用されておりとても素敵で似合っていました♪♪ 6月生まれの皆さん♪本当におめでとうございます |
「社会人のマナー」
介護職(男性)が日々感じた事を話す、略して「介男話」です。
今回も委員会で配布したコラムですが、
ある御利用者との思い出です。ひまつぶしにどうぞ♡
委員会が始まるまでの暇つぶしコラム |
『社会人のマナー』
いつものように仕事をしていたら、PHSに相談員から連絡が入った。
「入院中のSさんが亡くなった」との事。
僕はいつもの様に仕事をする。
企画部に行き、次の入園者について話し、
何日かしたらSさんの家族が引き継ぎの為に来園されるから、挨拶に行く。
この時神妙な顔を作り、お亡くなりになった事を
悔やんだフリをするのが社会人のマナーなのだ。
Sさんは明るい性格で、声を掛けるとその返しがユニークだった。
「もう夜やで。」というと「アラそう、一緒に寝る?」とか、
「朝ご飯やで。」なら「アラ嫌だ、メイクがまだよ。」
なんて具合だ。
Sさんは僕が棟のリーダーをしている時入園された人で、
僕達は利用者の入園までの経緯を「生活歴」の欄を
読む事で知る事が出来る。Sさんの生活歴には
「横浜で軍人である夫と結婚し、
夫からかなりの暴力を受けていた」と
壮絶な出来事が一文にまとめられていた。
この一文の中身を想像すると、そんな事を感じさせない
彼女の明るさ(下ネタが多かったケド)は
強く気高いものだと感じるには充分だった。
Sさんには一人娘が居たが、保証人は娘婿で、
第二、第三保証人もそれぞれ孫であった。
入園当初、娘さんは頻回に面会に来ていた。
面会に来ると居室の掃除をしたり足のマッサージをしたり…
僕が一度
「細目に面会に来て下さりありがとうございます。」と言ったら
「大変な父の為、母はいつも苦労していたんです。
だからもう大好きな母に苦労させたくないんです。」と
母親への愛情をストレートに伝えてきた。
僕はその時まだ娘さんの想いを知らなかったので
そのストレートさに珍しさと羨ましさを抱いた。
そんな中でもSさんは、居室で転倒したら
「ベッドの下にイイ男が居ないかなって思って…」とか
「今は朝?夜?昨日の夜激しくって解んなくなっちゃって…」とか、
少しずつだが確実に、肉体も頭脳もその機能が低下し、
その事を自覚していたが、彼女の強さが冗談で包み明るく見せていた。
Sさんの生活歴の所にはもう一つ記入されていて
「一人娘が居るが身体が弱く介護が行えない」といった内容だ。
娘さんはいつも夫婦で来て旦那さんは
居室前のソファに座ってボーッとしていて、
娘さんがSさんの所に行って話したり掃除をしたりしていたのだが、
そのボーッとしているはずの旦那さんが僕の所に来た。
「入園する前から妻は癌であった。だから母親を施設へ入れた。
治療をしていたが再発した。治る見込みはない。」との事。
僕はストレートに大好きと言える理由がほんの少しだけ解った。
居室では親子水入らずで「お母さんどう?」
「ここは男前が少ないから嫌になっちゃう。」
なんていつも通りの会話をしているが、確かに娘さんは痩せている。
旦那さんは「今日を最後の面会にしようと話し合って来た。
どんどん痩せて弱って行く姿を見せて心配させたくないから。」と言った。
娘さんはSさんに笑顔で「またね。」と言って立ち上がり、
背を向けた瞬間、堪えていたであろう感情があふれ泣き出していた。
顔をクシャクシャにして大粒の涙をこぼしながらも、
後ろにいるSさんには決して解らないよう振る舞い、
僕にいつものように「お願いします。」とだけ言うと、
いつもはエレベーター前で見送るSさんに手を振りながら帰るのに、
見送ろうと必死に車椅子をこいで
Sさんが後ろから来ている事を知っているのに、
そそくさと帰って行った。
「アラ、愛想の無い子ねぇー、誰に似たのかしら。」
と言うSさんに「親の顔が見たいよ。」と返すと
「アンタともう1人作ろうか。」なんて話していたが、
心の中では「娘さんはSさんに似てとても強い人だよ」と
感動しつつも、こんなSさんとの明るい会話に助けられ、
僕は介護のプロとして笑顔でSさんの横に居る事が出来た。
しばらく経ったある日、相談員から
「Sさんの娘が亡くなったが、本人には伝えない意向である」
との連絡が入った。
僕達は意向を申し合わせ伝えなかったのだが、
ある日、僕はSさんと何かの会話の流れで
「子供は宝」みたいな事を話した時、
Sさんは「私の娘は最近全然顔を見せないのよ。
この間来た時だいぶ痩せていたからもう死んじゃったのかしら。」
と冗談を言った。…というか、冗談だったのか、
全てを理解した上での彼女の強さだったのか、
最後の面会の時よりも認知も進行していたし、
解らないし、確かめようもない。
僕は管理職となり日常的にSさんと関わる事が減り、
Sさんと最後に交わした会話は
「嫌ね私ボケちゃって、その内何も解らなくなって、
娘の旦那に手を出したらどうしよう。」という「らしい」会話だった。
Sさんは亡くなった事で娘さんとの
「またね」を果たしている事だろう。
今頃娘と2人で御主人をボコボコにしているのだろうか…
いやSさんはそんなに弱くないか。
「アンタで我慢するか!」なんて冗談を言って
親子3人で一緒に居るんだろうなーなんて、
そんな事を考えるとほんの少しだけ胸がクッとなるが、
油断すると少しだけ顔がニッとなってしまう。
だから家族に挨拶をする時は
神妙な顔を作って亡くなった事を悔やむフリをしなければならない。
それが社会人のマナーだから…
おしまい
(I’m so happy that I met you♡)