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「手」

介護職(男性)が日々感じた事を話す、略して「介男話」です。

今回も委員会の時に配布したコラムの紹介です。

昔、利用者から聞いた、今では考えられない出来事です。

本当に僕なんかの文章じゃ伝えきれないんですが、ひまつぶしにどうぞ♡

委員会が始まるまでの暇つぶしコラム

        『手』

僕がまだE棟のリーダー補佐をしていた頃の話。

利用者Bさんの車椅子肘置きに手を置いていたら、

Bさんは僕の手を撫でながら

「キレイな手ね、女の人みたい」と寂しい顔をした。

そんなBさんを笑わそうと、僕は

「今なら30分手を触り放題5万2千円のコースがあります」

と冗談を言った。恋愛中です

Bさんは「100万円でも払うわ」と笑いながら

僕の手を握り話し始めた。

私の生まれた所は田舎で人手も少なく、

子供も私と近所に住む同い年の男の子

「たっちゃん」の二人だけだった。

学校は遠く、山を越えなくちゃ行けないんだけど、

今みたいに外灯なんかある訳ないから真っ暗になるし大変だった。

たっちゃんと手を繋ぎおしゃべりをしながら学校に通っていた。

温かくて優しい手だった。両手

でも今思うとよくもまぁあれだけ毎日毎日話す事があったなぁと思う。

(この時笑ったBさんの顔は子供の様だった)笑顔

学校以外でも卒業してもずっとたっちゃんと一緒にいた。

たっちゃんしか居なかったし、好きだったのかどうだったのかも解らん。

川に行ったり山に行ったり、お互いの家の手伝いをしてた。

18歳の時、たっちゃんの所に「赤い手紙」が届いた。

解る?兵隊として呼ばれたの。上目づかい

皆、お国の為に働けるって喜んでたけど私は悲しかった。

でも皆も本当に喜んでいたのかなぁ?

今思うと解らん。

たっちゃんが出発する前日の夜、

私が「たっちゃんと一つになりたい」って言ったら、

たっちゃんは私の頭をポーンと叩き、

「帰ってくるから…」と笑った。

(そう少し照れながら話すBさんの表情は

これまで見た事のない表情だった当惑した笑い。

それからしばらくして父から、結婚の相手が決まったから

二つ山を越えた村まで嫁ぎに行きなさいと言われた。

昔は結婚相手を自分で選べる時代じゃなかったから

私は結婚し、その人の赤ん坊を産んだ。

赤ん坊がまだ生まれて一ヶ月位の時、

家であやしていた時誰かが訪ねてきた。

ドアを開けた瞬間びっくり、そりゃあもう

心臓が止まる位おどろいた…たっちゃんだった…

子供を抱いたままびっくりして何も言わない私に

たっちゃんは「抱っこさせてくれ」って

赤ん坊を抱っこしたんだけど、右手の指が2本位無かった。

アンタ(僕)みたいにキレイな手だったのにボロボロだった。

「お前の小さい頃によく似てる」

それだけ言うとたっちゃんは帰って行った。

それから一度も会っていない。

今はもう、たっちゃんの本名も思い出せない…

その内全部忘れるやろな…

そう言うといつものBさんの顔に戻った。

僕達が生きる今の時代は

本当に多くの人の様々な想いや努力、苦労の末にあるのだろう。

Bさんの居室には優しく笑うご主人の遺影が飾られていて、

あの時の赤ん坊は両親の愛情に包まれ成長し、

月に1回位面会に来ては、互いの事を心配し親子喧嘩をしていた。

Bさんは数年後寝たきりとなり、皮膚が乾燥し痒みがあり、

オムツをよく外すから、その度に「オムツ外したら汚いでしょ」と

職員から言われていた。

会話も出来なくなり、全部忘れてしまったのか解らないが、

僕は利用者一人一人に歴史があり、

唯一無二の存在である事を改めて気付かせてくれたBさんに感謝し、

「30分触り放題コース」の5万2千円は請求しなかった。

Bさんがお亡くなりになり、E棟の静養室で

子供さんが握っていたBさんの手は、

シミだらけでシワシワでボロボロの、とてもキレイな手だった。

                      おしまい♡

地域交流

利用者様といつも笑顔で。。。がモットーの

相談員 水野です。

5月のたくたく会で利用者の皆さんと野菜等

を使って、スタンプを押して作品を作成した

ことは、ご報告させて頂きましたが、その作

品を、地域の保育園・幼稚園・小学校・支援

学校等に、梅林園からのまた会える日に向け

ての招待状として、お渡しさせて頂いており

ます。

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今回は、八幡支援学校の先生と生徒さんに、

利用者様と一緒にお渡しさせて頂きとっても

、喜んで頂きました。

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コロナが落ち着いて、直接の交流が出来るよ

うになるまで、また、せっかくできたご縁を

絶やさない様、交流を続けていきたいと思い

ます。

4月、5月合同お誕生日会

人生の折り返し地点はとっくに過ぎ去っていますが

、やりたい事3分の1も終わっていない行事委員の

叶です。

4月、5月合同のお誕生日会が行われ、当日お誕生日

の方3名を含む沢山のお誕生日の方のお祝いをさせて

頂きました(^^)/

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「そっくりやなぁ!ええのもらったな」と他の誕生日

の方が、プレゼントで貰った絵をのぞき込んでプレゼ

ントの見せあいをされる方

「大好きな(美空)ひばりちゃんと誕生日が近いのよ

」と嬉しそうな方

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色々な方をみんなでお祝いさせて頂き、最後に5月の歌

「茶摘み」を歌い、楽しい時間を過ごしました♪♪

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本日のお誕生日ケーキは、抹茶ケーキです!ほうじ茶ラ

テと一緒におやつの時間に栄養課さんから提供させて頂

きました(^^)/みなさん美味しそうでした☆

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4月、5月の皆様本当におめでとうございます。

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価値観が合わない

介護職(男性)が日々感じた事を話す、略して「介男話」です。

介護の様な対人援助職をしていると、どうしても突発的な事があったりして

委員会とかの時間にピッタリと全員が集まれない事もあります。

そんな時のヒマつぶしにコラムを配布しているのですが、

まぁオマケ程度なので読んでいる人も読まない人も、

感想とかのリアクションも無い訳で…

そんな訳でここに掲載しているのです。ひまつぶしにどうぞ♡

委員会が始まるまでの暇つぶしコラム

       『価値観が合わない』

僕は数年前、管理職となった。といっても、

サナギから蝶に変わるような劇的な見た目の変化はある訳もなく、

自身のあり方や周囲から求められる事が変わるだけだった。

そもそも僕は、課長とか次長と聞くと、

バーコード頭のオッサンをイメージしてしまう世代であるが、

今の所オッサンではあるがバーコード頭ではない。

(誰がオッサンやねん!!)幸運

この「何をイメージするか」という事は、

人の価値観を左右するからタチが悪い。そんな話。

僕がまだ学生で、実家で生活していた頃、エアコンは「贅沢品」だった。

TVのニュースで生活保護を受けている人が

夏の暑さで亡くなったという事件が報道され、

コメンテーターは「生活保護の人がかわいそうだ」

「なぜエアコンを許可しなかったのだ」等、

生活保護者をかばう声が飛び交う。

「おもいっきりTV」でみのもんたが

「ひじきは体に良い」と言えば一週間ひじきを出し続ける母が

それを見て息巻くのは当然の流れで、僕が学校から帰宅するなり、

母は行き場のない怒りを僕にぶつけてきた。

生活保護を受けている人は所有してはいけない物、

いわゆる「贅沢品」が決まっていて、

そこにエアコンが含まれていて(あくまで当時の話)

生活保護者がかわいそうだと言う。

母は働きたくても働けない、ボロボロの服を着た

おばあさんを生活保護者としてイメージしているらしいが、

ニュースを見ていない僕は、お金が受給されるなり酒を買いに行く、

働く気のないオッサンをイメージした為、かわいそうだとは思わなかった。

そんな僕に母は「あなたは一生結婚できない」と言い放った。

(結婚出来たし!!)皮肉な笑い

この時、僕と母は「生活保護者の死」という事実に対して、

その人をイメージして想像の中で会話をしていたのだ。

「価値観が合わない」なんて時は、

このイメージからの「仮説の立て方」(~だったのだろう等)が

全く違う時なのだと思う。

今までどんな経験をしてきて、どんな物の見方をするか。

それは「正しい」とか「正しくない」とかの問題ではなく、

「どんな仮説を立てるのか」だけ。

そして仮説は事実が分からない限り、どんな物でも「可能性がある」のだ。

それでも人は、自分の仮説が「正しい」と思ってしまいがちだ。

自分の価値観を「正しい」と思って過ごしているのが一番楽だし、気持ちが良い。

だから違う価値観の人と出会ってしまうと

「あの人は間違っている」と攻撃したくなってしまうのだろう。

自分の考えは「正しい」のか、「可能性がある」のか。

相手の考えは「正しい」のか「可能性がある」のか。

一度冷静に深呼吸をして考えてみて欲しい。

一週間ひじきが出続ける事が、どれだけつらいのかを・・・

              おしまい。   

大地震が来る日まで待つ理由

介護職(男性)が日々感じた事を話す、略して「介男話」です。

今回は2~3年前の委員会で配布したコラムですが、

職員Kさんとの思い出話です。

Kさん、僕もう40超えて娘も二人共大きくなりました。

いつかまた飲みに行きたいですね。

それではひまつぶしにどうぞ♡

委員会が始まるまでの暇つぶしコラム

       『大地震が来る日まで待つ理由』

みなさんは「プラシーボ効果」を御存知でしょうか?

ラテン語の「喜ばせる」という意味のプラケーボが語源で、

何の効果もない物を薬として処方し、患者が治ると信じ込んだら

本当に効果が出るといった「思い込みの力が状態を変化させる」現象の事を言います。

臨床心理学では、どの心理療法の技法を使うか、という事よりも、

クライアントとセラピストの信頼関係の方が

治療効果に影響を及ぼすなんて考えもあるらしい…

昔、Mさんという利用者が居た。

パッと見はいわゆる「施設に入っている高齢者」という感じがなく、

普通のおばちゃんで、会話もしっかりと行える人だった。

(話をしばらくしていると「アレ?おかしいな」と感じられますが)

Mさんは不眠症で眠剤が処方されていた。

毎日19:00頃から「薬まだ早いか…?」「まだ早い8時まで待って」の

やりとりが3回位あって(早く飲みたがるのです)

20:00に薬を渡すと「これがないと眠れへんねん」というのが日課だった。

ところがある日、理由は忘れたが眠剤が中止となり、

次の受診日まで眠れるかどうか様子を見る事となった。

その初日、夜勤に当たったのが勤続1~2年目の僕だった。

いつも通り19:00頃「薬まだ早いか?」と来たから

薬はない事を伝えると「そんなん眠れへんやんかー」と訴えてきた。

その後も何度もやって来て「頼むわー薬おくれー」と繰り返し、

段々僕が意地悪して薬を飲ませていないような構図となっていき、

実際、翌朝出勤した職員に「あの兄ちゃんが薬くれへんから一睡も出来ひんかった」と話していた。

(ちなみに当時夜間看護師はいなかった)

以降Mさんは夜眠れず眠剤を職員に訴え続け、数日後また僕が夜勤となった。

共に夜勤をする相方はKさん(女性)。

このKさんは目つきと口は京都でも5本の指に入るほど悪いが、

気立てが良く、利用者を1人の人間として普通に接し、

利用者とよく世間話をするから利用者から人気があった。

19:00を過ぎ「今日も薬ないんかー」と暗い表情でMさんが来た。

僕は内心「うわーまた一晩中続くのかー」と思っていたら、

Kさんが「まだ早い、8時まで待って」と言った。

「Kさん眠剤中止ですよ」と僕が言うと、

「何言ってんねん、薬あるでー8時な」とMさんにもう一度言うと

Mさんはさらに表情を硬くして「絶対やで、頼むで」と一旦引いた。

20:00になるとK川さんはコーヒー用の粉末クリームを紙で少量くるみ、

「これ飲んだら朝までグッスリや」とMさんに渡し、

Mさんは「喜んで」それを飲んだ。

しばらくして様子を見に行くとグッスリと眠っていたから、

寮母室に戻ってKさんにその事を伝えた。

大股を開いてイスに座り、タバコをふかしながらニヤリと笑い

「薬が欲しい言うてるのやから何でもえーから白い粉渡しといたらええんや、可哀そうやろ」

と話すKさんはまるで仁義のある菅原文太の様だった。

Kさんがプラシーボ効果を知っていたとは思えない。

ただ「眠剤なしでも寝られるか」という事にしか注目していなかった

他の職員と違い、「薬がないと不安」で

「不安で過ごしているのは可哀そう」という、

職員というより1人の人間としての道徳心から工夫し行動をしたのだ。

そしてMさんが服用していた眠剤は錠剤であったが、

日常的な関わりの中で信頼関係を築けていたからこそ、粉末であっても信じ込み、

効果があったんだと思う。

その後Mさんには偽薬としてラムネを1個飲んでもらう事となり、不眠になる事はなかった…

ちなみにこのKさんには独身で1人暮らしの頃とてもお世話になり、

僕の結婚式にも来て頂き本当に感謝しているのですが、

ある日仕事が終わり寮母室に戻ると「送ったるから1分で着替え」と

送ってくれる事となり、帰り道うどん屋で夕食を奢ってくれた。

(当時バス通勤だった)

ところが1杯だけとビールを飲み始め、結局5~6杯位飲みやがった。

帰る時「車の運転大丈夫ですか?」と聞くと

「あんなん飲んだ内に入らへん、早よ車乗り」と車を走らせた。

(15年以上前の事ですから…)

ところが駐車場を出てすぐに「アカン酔っぱらって真っ直ぐ走られへん」と言い出し、

「センター線に沿って走るからアンタ対向車きたら知らせて」と

ムチャクチャな事を言い出し、307号線の真ん中を走り始めた。

僕は対向車が来ない事を祈りながら、死ぬ思いで対向車が来たらKさんに知らせ、

家に帰った時は全身汗ビッショリだった…

僕はその日から大地震が来たらどさくさに紛れて

Kさんをシバこうと心に決めている。

だからKさん、その日が来るまで身体に気を付けて元気に働き続けていて下さい。

                      おしまい

                   (無くそう飲酒運転)

たくたく会~あなたに届け恋のぼり~

大人のスタンプラリー「御朱印帳」が3冊目に突入した行

事委員の叶です。

5月のたくたく会は、鯉のぼりとかけて「~あなたに届け

恋のぼり~」という事で利用者さんに野菜や、ヨーグルト

のカップ、段ボール等、様々な素材のスタンプで「あるも

の」を作成させて頂きました(^^)/

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 皆さんそれぞれに、個性豊かな作品を制作し、最後に全

員で5月の歌を歌ったり、鯉のぼりの形のお菓子を頂きま

した。

 「これ楽しいわ!」と思いもよらなかった技術を発揮さ

れた方

 「綺麗に出来たわ」と満足な方

 「こんな可愛いお菓子あるんやね」とジュースとお菓子

を堪能される方

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皆様、新緑や鯉のぼりを愛でながら、楽しい時間を過ごさ

せて頂きました♪

作成した作品は、地域の皆様にプレゼントさせて頂けたら

と思います(^^)/

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母の日

母の日に子供達から猫の紅茶セットと花束を貰った幸せ者

の相談員、叶です。

 母の日にご家族様から利用者様にプレゼントが届きまし

たので一部を紹介します(^^)/

「娘が送ってきてくれるなんて思わなかった♡」と感動し

て涙ぐまれた0さん。

「うちの息子はセンスがいいから」とⅯさん。

「うちのひ孫が一番可愛い」と同封された写真を見て笑顔

のSさん。

皆さんとっても喜んでおられました♪♪気持ちはしっかり届

いております。いつもありがとうございます。

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新型コロナウイルス感染者発生のお知らせ③

 この度、当園グループホーム・特養の一部におきまして

、新型コロナウイルス感染が確認され、山城北保健所にご

指導いただき、感染拡大防止に努めてまいりましたが、4

月29日を持ちまして、待期期間の終了及び、新たな新型

コロナウイルス感染の発生がないことを確認しましたこと

をご報告させて頂きます。

 ご利用者様、家族様ならびに関係者の皆様には、ご心配

・ご迷惑をおかけいたしましたが、引き続き利用者様の安

心・安全に努めてまいりますので、ご理解・ご協力の程よ

ろしくお願いします。

 特別養護老人ホーム梅林園

 園長    藤原 寛直

日課

介護職(男性)が日々感じた事を話す、略して「介男話」です。

今回も委員会にて配布したコラムを掲載します。

20年近く前の利用者の話ですが、「もっとこうするべきだった」

「あぁしとけば良かった」等、思う事ってたくさんあります。

ひまつぶしにどうぞ♡

委員会が始まるまでの暇つぶしコラム

       『 日 課 』

姉も僕も18歳の時、1人暮らしを始めた。

妹が18歳になり、同じように1人暮らしをする事になり、

父と母の2人になったら寂しいだろうと、

姉が両親に茶色でウェーブのかかった毛の長い小型犬をプレゼントした。

姉はオシャレな自分に酔うタイプなので、

その犬を「フラフィー」とオシャレに名付けたが、

母はアホなのでカタカナは憶えられず、

その見た目から「ヤキソバ」と呼んでいた。

母は毎日夜21:00頃、父の迎えも兼ね河川敷をフラフィーと散歩をしていたのだが、

ある日何かに興奮したフラフィーがすごい勢いで逃げ出した。

当時50代であった母は当然追いつける訳もなく、

父が母を見かけた時にはフラフィーの姿はなく、

息子の高校の時のジャージを着たオバちゃんが

夜の河川敷で「ヤキソバー」と叫びながら必死に走っている所でした。

「鉄格子のついた病院に送られるからやめなさい」と母を諭し、

2人でしばらく河川敷に座っていたらひょっこりフラフィーは戻ってきた。

今回はそんな話。

(どんな話やねん)

Oさんは夜19:30頃から決まって不穏になる。

職員のあとを追いかけ「ウチどーしたらええの?」とずっと繰り返し訴える。

「心配ないから」とイスに座って頂いても、おしぼりたたみをして頂いても

「こんな事してられへん、ウチどーしたらええの?」といった具合だ。

その時間はちょうど日勤が帰り、排泄介助や就寝介助に回る時間で忙しく、

当時B棟へ移動したての勤続2~3年目だった僕は、先輩から

「その内あきらめるか、疲れたら寝るから」と教わった。

毎日続くから19:00にPトイレを設置するAさん、

19:30に不穏になるOさん、20:00に点眼するBさん…と、

職員の認識は不穏である事が日常化し、特記事項ではなくなった…。

10年以上前の出来事で、その後Oさんがどの様になられたか思い出せないが、

あの不安気な表情で毎夜「ウチどーしたらええの?」と訴えていた事はすごく憶えている。

今の僕がOさんに思う事は、原因が解らなかったが、

本人にとっては上手く表現出来ないだけで何か意味があったのだと思う。

例えば記憶の逆行性喪失※が起きていて、過去19:30位に大切な何か、

もしくは、ライフワークとなっていた何かがあったのではないだろうか。

僕は毎日朝7:45に仕事の為家を出るので、休みの日でも時計を見て

7:45だとほんの少し心がザワつく。

これと同じ事なのではないだろうか?

Oさんは毎日19:30娘の塾の迎えに行っていたとしたら?

19:30にお父さんが帰って来ていたとしたら?

もし知る事が出来たら不穏を和らげる言葉を見つける事が出来たのではないだろうか。

不穏となる19:30の一点を見るのではなく、過去・現在をつなげ、線で見る事が必要で、

他職種・家族の線も加われば「面」になる。

これが大切なのだと今は思う。

認知症であっても考え方の仕組は同じで、知る事が出来るかは別として、

必ず要因はあり、知る努力をしなければ絶対に糸口は見つからないのだと思う。

もし僕の母が施設に入る事になり、

職員から「夜21:00になるとフラフラ外に出ようとするんです」と聞いたら

「その時間は犬の散歩がてら父を迎えに行っていました」と伝えようと思う。

皆さんも一度、困っている事を家族に聞いてみて下さい。

ヒントがあるかも知れません…

しかし子供の頃は母親が個性的で困っていたが、

まさか大人になってコラムを書くネタになって感謝する日が来るとは夢にも思わなかった。

本当に、当時は困っていたんですよ。

皆さんは経験した事がありますか?

二段弁当が二段共、白米だった事が…(姉はどっちもおかず)

※記憶の逆行性喪失→現在から過去にさかのぼって忘れていく症状で、

自分の中では昔の世界に戻っている状態

                               おしまい。

新年度が始まり、京都動物園でも4月1日から園長が

トラの「アオイ」に決まった為に新園長を応援して

いこうと思う行事委員の叶です。

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梅林園の桜も、去年「チューリップを植えようの会」

で植えさせて頂いたチューリップも綺麗に咲き誇って

います♪

そして、今日は春の甲子園に出場したことのあるNさん

が、入園の際に「桜の下で野球をしたい」と話されてい

た事を実現させて頂きました♪

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桜の下で豪快にバットを振るNさんの背後には春の甲子

園が見えました(^^)/

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園内の利用者さんも沢山花見に参加されて喜ばれていま

すし、来週の春まつりも楽しみです♪